2015年6月10日水曜日

昨夜の散歩

昨日の深夜散歩に出た。午前1時頃だったと思う。

俺は深夜の散歩が好きだ。
深夜は人がいない。車の通りも少ない。
真っ暗な道を歩いている時、闇に同化している感じが好きだ。

昨日の散歩は少し変わっていた。
普段通るその真っ暗な通りで、前方に腰を落としている男らしき姿を認識した。その手前15mあたりで気づいたと思う。気づいてすぐ「うわ、人いる。怖い、避けようかな」とためらいつつも歩を進めていた。そうためらっている間にその人影の3mあたりまで来た。
無意識に「こんばんは」とその男に声をかけていた。多分怖かったからだろう。向こうも同様に緊張していたに違いない。男は消え入るような声で「あぁ」と返した。返事をもらえたことで緊張は和らぎ、逆にこの男の状況に意識が向いた。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
「ほんと?大丈夫?こんな時間に一人で座ってるけど?こんなところで」
「大丈夫」

このおじさんが困っていない訳がない。しかし二度の問いに「大丈夫」と返事するばかりで、「ほっといてくれ」という意思は伝わってきた。「あ、そう」とだけ言い残してそこから立ち去った。

仮にこのおじさんが俺の「大丈夫?」という問いかけに、ある程度の範囲で自身の状況を説明してくれたらどうだったろうか。少なくとも財布にあるお札の全て(たかだか4千円程度)を渡すことぐらいは出来ただろう。いや、逆に言うと、ものすごく重い内容の事情を聞かされたとして、俺にできることはそのたかだか4千円を渡して「なんくるないさあ」ということぐらいだった。
あるいは、その男が自暴自棄になっていたとしたらどうか。正直そこまで考えはまわらなかった。想像力が足りない。今にして思えば迂闊すぎる行動だった。だけど、そのことが頭によぎったとしても立ち入られずにはいられなかっただろう。
今後、仮にこのような行動をとり、それが原因で破滅したとしてもそれはそれで面白いのではないか。いつかは必ず破滅することだろうし。

そのあと、缶コーヒーを買って歩きながら なぜ弱者男性は弱者女性より深刻に詰んでいるのか というエントリのことを思い出した。

あのおじさんには悪いけども、傲慢な俺にはあのおじさんが弱い存在であるように見えた。あのおじさんのことは何も知らないけど、あの状況を見る限りそう思えた。あのおじさんは俺自身であるとも思えた。そう遠くない未来の自分を視ているように思えた。だからあそこまで図々しくあのおじさんの領域に立ち入ろうとしたのだろう。
以前にも似たような状況はあった。その時は若い女だったが、ただ単純に素通りした。理由はわからない。

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